人の死ってあっけないんだなと感じた話【親や嫁への感謝】



あなたは身近な人の「死」を体験したことありますか。
もう少し前になるのですが、僕は22歳の時に初めて人の死を経験しました。

今日はその時に感じたことを書き残しつつ、「これからの人生を大事にする」という気持ちを残しておきたいので文字として残します。

 

少し前のことになるのですが、僕は22歳の時に初めて親族の死を経験しました。
おばあちゃんが亡くなりました。77歳でした。

心筋梗塞で一度手術をして、入院をして、回復してきた最中、急に息を引き取りました。

息を引き取る前日。
実はお見舞いに行っていたんですね。
治ったらこんなことするんだ、とかスペイン語の勉強をするんだとか、ラジオを聞かないとダメねとか。
お見舞いにいったみんなが「もう大丈夫だな」って思うくらいには元気でした。

でも次の日。
おばあちゃんは急に亡くなりました。

当日、僕は髪を切って染めていて、その最中に親から電話が鳴りまくっていたのを今でも覚えています。
駆けつけたらすでに色々が終わっていて、霊安室に移動する前でした。

 

なんかね。今でもはっきり覚えているのですが。
人の死ってあっけないんだなって本当に思いました。

そこからって、経験したことのある人だったらわかると思いますが、
お着替えとか化粧とかして、お葬式して、燃やしてお墓に入れるわけじゃないですか。

動かない人は、当たり前ですが人じゃないんですよ。
どれだけすごいことをしたって、死んでしまったらもう人じゃないんですよ。

初めて触った亡くなった人の体。
初めて経験したお葬式。
初めて嗅いだ人を燃やした後の匂い。

なんだろうなあ。忘れられない。

 

僕はこの死を経て、2つのことを実感しました。

 

「時間は有限ではない」

「人はいつか死ぬ」

 

どちらも当たり前なのですが、初めて自分ごとのように感じました。
だって、僕を含めていつ死んじゃうかわからないわけじゃないですか。

そう考えたら、今やりたいことに一生懸命になってやるべきだと思うし、
後悔するようなことをやってはいけないじゃないですか。

 

しかも人は死ぬんです。
そう考えたら、大事な人との時間をもっと大事にしないといけないと思いませんか?

自分の親。
ぼくはもう親から離れて生活をしていますが、正直嫁の方が一緒にいる時間が長いです。
今まで24時間365日一緒にいたのに、下手したら、3桁回合わないでもしかしたら永遠の別れになってしまうかもしれない。

嫁。
考えたくないけどね。どれだけ好きだと思っていたって。どれだけ一緒にいたいと思ったって。
後60年したらどうなっているかわからない。もっと早くに別れがくるかもしれない。

 

そう考えるとさ。
もっと大事にしないとダメだよね。

会って、会話して、ご飯食べて。

こういう当たり前をもっと大事にしないと。

 

後悔したって遅いんだから。
今を大事に。

 

おわり。

◆◇◆SNSでシェアをしてね◆◇◆

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

やりたいことなんてわからない! 書きたいことを書く!突き進んでいる間になにか見つかるはず! そう思いながら、日々もがいてます。 3年後。嫁とイケてる企業を田舎に作るため、生きる力を身につけてます。 本業は、アプリの企画と運営。 ディレクターとマーケターやってます。 グロースハックや、マネタイズなど何でも屋さんです。